話に付き合う、話を逸らす

ある時、母は神妙な面持ちで呟いた

「あのね。昨日頑張って仕事でもらったお金が、なくなったのよ」

あぁ。またいつものやつだ。

認知症の症状が強くなってきた当初、母のこんな一言に、正論でぶつかっていました。

私「何言ってんねん。そんな体で仕事なんてできるわけないやん。昨日はデイに行っとったやろ」
母「デイの帰りにもらったんよ」
私「誰がお金くれるねん。もらえるなら私も欲しいわ」
母「ほんとにもらったんよ。あんたはいつもそうやって人を馬鹿にして!」
・・・と言う感じでお互い語気が強くなり、不穏な空気が漂い始めます

実はこれは間違った対処方法です。
認知症のことを理解していたはずなのに、自分の親に対しては正しい対処方法を実践できていなかったのです。

BPSD(周辺症状)とは

認知症の症状というのは基本的に「中核症状」と呼ばれるもので

記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能障害、言語障害(失語)、失行・失認などの認知機能の障害

などがあります。
具体的に言うと

時間や場所が分からなくなる見当識障害 例:昼夜逆転、迷子など
計画的に行動することができない実行機能障害 例:料理ができなくなるなど
今までできていた日常生活の動作ができなくなる失行 例:服が正しく着ることができないなど
物が理解できなくなる失認 例:人の顔が分からなくなる

という感じです。

ここで、認知症の症状として誤解されがちなのが
周辺症状と呼ばれる症状です。

暴言・暴力、徘徊、うつ状態、不潔行為、妄想など

じつはこれらの症状は二次的症状と言われ、認知症の症状によって起こされる症状なのです。

認知症になると、前述した中核症状があることによって大変不安な気持ちになります。
できなかったこと、失敗したことに関して、本人は何故それができなくなったのかとても不安で焦っています。

そこへ「何でできないの?」「違うでしょ?」「ちゃんとして」などの声掛けをされると、ますます不安になります。
見当識障害によって「されたこと言われたこと」は、忘れることはあっても、不安な気持ちは残ってしまいます。
不安が蓄積すると、暴言や暴力、うつ状態などの症状を引き起こす可能性があります。

徘徊については、徘徊するには理由があります。
参照:「徘徊」ではありません!在宅で安心して暮らす地域の課題とは?
「どこか行きたい所がある」から外に出る、見当識障害や失認があるから家に帰れなくなる。

また、不快なことがある(「便秘でお腹が苦しい」「失禁して下着が汚染して気持ち悪い」等)けど、どのように訴えていいか分からない、何をどうしたらいいか分からないから、弄便(ろうべん:便を触ること)や汚染した下着を隠したりするのです。
それが、不潔行為と言われる行為です。

認知症の中核症状を理解し、適切に対処することで、周辺症状は最小限に留めることができるのです。

俳優になろう

では「財布が無い」と言い始めた時に、実際にどうするのが良いのか?

認知症介護のストレス軽減テクニック 物盗られ妄想の対応方法
では、同じものを準備して渡すというテクニックを紹介しました。
否定するのではなく、別の話に誘導するという感じですね。

「昨日は仕事なんて言ってないでしょ?」と正論を伝えても、本人の頭の中では「仕事に行ってお金をもらった」ということが記憶として認識されているので、本当のことを言ったとしても「否定された」としか感じません。

ここは一度俳優になって付き合ってみましょう。

母「昨日仕事に行ってもらったお金が無くなったのよ」
私「そのお金なら、金庫に入れたよ」
母「買い物行きたいから、少しくらい持たせてちょうだい」
私「後で買い物行こう。もうすぐおやつの時間やから、コーヒー淹れよか?」
母「そうね。ありがとう」

という感じに。
実際はこれよりも若干長引くことはありますが。
それでも、一旦受け止めて付き合うことで「認めてもらえた」という安心感で、徐々に落ち着いていくはずです。

認知症でも笑顔がいっぱいだったHさん

訪問看護に行っていた認知症の利用者さんで、印象に残っているHさん。

おやつはあるだけ全部食べてしまう、何度も何度も同じ会話を繰り返す。
認知症はかなり進行している方でした。

でも、娘さん、お孫さんはそんなHさんに対して、
決して否定せず「あら、そうなのね」といつも笑顔で応対していました。

Hさんはいつも笑顔で、周辺症状もそれほど強くありませんでした。

認知症になって不安なのは本人が一番感じているはずです。
介護する側が笑顔で「大丈夫」と対応していたら、少しでも安心して過ごすことができます。

完璧にはできなくてもいいですが、俳優になって笑顔でかわす時間も確保するのも、一つのテクニックですね。