末期がんでの一人暮らし
Mさんは末期の肺癌の男性。
医療機関に入院していましたが、退院して一人暮らしを再開することになりました。
末期で一人暮らし。
介護保険のサービスを利用すれば、それは決して不可能ではありません。
前述した定期巡回随時対応型訪問介護看護があれば、24時間の訪問介護サービスは受けられるし、ナースコールもあって、緊急時に対応してくれます。
訪問看護も休日や夜間はオンコールで対応してくれますし、訪問診療の先生も増えてきました。
末期がんの方であれば、最期にどうしても入院したいと思えば、ホスピス(緩和ケア病棟)などに予約を入れておいて、タイミングを見て入院することもできます。
家に帰って煙草が吸いたい
Mさんが自宅に戻ることを決意した理由は「自由に煙草が吸いたい」でした。
病院の敷地内は禁煙のことが多く、入院生活はMさんにとって不自由でしかない場所でした。
勝手に外出したり、禁煙スペースで煙草を吸ったりして、病院側からすればMさんは問題ケースでした。
ただしそれは、自宅に帰ってしまえば、その願いは何の問題もありません。
Mさんは自宅に帰ることを決意しました。
煙草を吸って、映画を見る毎日
訪問診療、訪問看護、定期巡回随時対応型訪問介護看護サービスを利用し、Mさんはご自宅に戻られました。
自宅に戻ったMさんは、煙草を吸って映画を見るという、希望通りの生活を再開することができました。
ただそれは、そう長くは続きませんでした。
末期の肺癌患者であったMさん。
ほどなく病状が進行し、移動するだけで息苦しさが増強し、室内の移動もままならない状態になってきました。
旅立ちの瞬間は自分で選ぶ
「旅立ちの瞬間は、皆様それぞれご自分で選べらます。賑やかな旅立ちを希望する方は、家族や親類が揃うのを待ってから旅立ちます。家族に心配をかけないようにと気遣う人は、家族が寝静まった時に旅立ちます」
尊敬する訪問診療の先生が、講義で言っておられた言葉です。
思い返してみれば、私自身の看取りの体験の中で、思い当たることばかりでした。
旅立ちの瞬間は、ドラマの中の臨終の場面のように、家族がみんな傍にいて手を握って、最期の言葉を発して旅立つ・・・というようなことは絶対にありません。
本当に、その方の生き方や希望が現れるように旅立たれます。
Mさんの旅立ち
Mさんは徐々に動けなくなり、ベッドから起き上がれなくなりました。
人の旅立ちは夜中や明け方が多いですが、Mさんの場合は昼間でした。
1週間に1回の往診で、先生がMさんの往診に訪れた時です。
先生の目の前で、息を引き取られました。
誰かの目の前で息を引き取られることは、実は滅多にないことで。
家族がつきっきりで見守っているならばあり得ますが、独居の方はその確率は限りなく0に近いのです。
訪問したら息をしていなかったということが大多数でしょう。
妻や子どもと疎遠になり音信不通
身近な人間と言えば、足を悪くしてお見舞いに来ることもままならないお姉さんだけ。
恐らく、一人で気ままに過ごすことを好み、最期も一人で自宅を選んだMさんですが。
最期は誰かに看取って欲しかったので、先生が来られるタイミングを待っていたのではないでしょうか?
そして。
枕元の灰皿には、1本の煙草の吸殻
今わの際に好きだった煙草を1本吸い、見守ってくれたドクターの訪問にホッと安心し
穏やかに旅立たれたことと想像しています。