病気の基礎知識
パーキンソン病とは
脳の中の運動を司る部位の神経細胞が減少し、その神経が働くときに使うドパミンという物質が減ることによって起こる病気。ドパミンは運動機能を調節する働きがあるため、ドパミンが減ることによって動きにくくなったり、手が震えたりする病気。
治療法としては、不足しているドパミンを補い血中濃度を安定させれば、主症状は落ち着くことが多い。
ただし、症状によっては1日何回も時間を決めて薬を内服しなければならない。薬を内服し忘れると、ドパミンが不足し、動けなくなってしまうこともある。
更に認知症を併発していると、薬の自己管理は非常に難しくなる。
レビー小体型認知症とは
レビー小体型認知症はアルツハイマー型認知症に次いで2番目に多い認知症で、血管性認知症とともに「三大認知症」といわれている。
レビー小体はたんぱく質のかたまりで、神経細胞を傷つけてしまう物質。
レビー小体が脳幹に多くできるとパーキンソン病、大脳皮質に多くできるとレビー小体型認知症となる。
症状は主に、認知機能の低下の他に、幻視や睡眠時の異常行動などがある。
レビー小体型認知症には病気そのものを直す薬はなく、症状を遅らせたり、精神的な症状を抑えたりする対症療法などが主な薬物療法となる。
母のパーキンソン病について
発症から診断まで
発症したのはおそらく60歳になるかならないかの頃。
その頃はまだビルの清掃などの仕事をしていたのだが、手の震えを訴え始めた。
今思えばなぜすぐに「パーキンソン病」を疑わなかったのかと、現役訪問看護師として情けない失態を冒してしまったのだが。
本人が気付かないうちに脳梗塞などを起こして、運動障害が出てしまったのだろうか?などと思っていた。
清掃の仕事の会社は「そんなに手が震えているのでは仕事は任せられない」といってクビになった。
母も本格的に通院を始め様々な検査を実施し、パーキンソン病と診断された。
薬物療法をしながらの独居生活
発症初期は手の震えもあったが、薬物療法が安定してくると主症状も落ち着き、日常生活にそれほど支障もなかった。
認知症もまだ進行しておらず、私たちが帰省するのを楽しみにしており、得意だった(大量の)料理を作ってもてなしてくれた。
新型コロナウイルスの影響で症状が進行する
新型コロナウイルスが流行し、それまでお盆と正月に帰省していたのだが、集まるのはやめた。
また、恐らくデイサービスなども自粛になったり、訪問のサービスの回数も制限したりして、社会的孤立の影響を大いに受けたことと思われる。
その頃から、時々倒れて動けなくなって、翌日発見され救急搬送。発熱し救急搬送・・・などということが増えてきた。
意味の分からないメールや電話などが来るようになったのがこの時期で、恐らくこの時期に認知症の症状が進行したのだろう。
救急搬送からの入院、そして引っ越し
最後の救急搬送から引っ越しまでは、以前の記事参照
在宅で介護を続けられる理由
当時私の勤めていた定期巡回随時対応型訪問介護看護を利用し、神戸での在宅生活へシフトした。
薬の内服は 起床時、朝食後、昼食後、15時、18時、就寝前の5回
1人暮らしの時には、恐らく内服忘れなどもあったであろう。
複数回ヘルパーが介入し服薬確認することで、ドパミンの血中濃度は安定し、生活も安定した。
ただし。
安定しすぎて、外をフラフラ彷徨うので、迷子になってしまう。
毎日がパーティの連続で、飯台いっぱいにバラ寿司作ったり、一人焼肉パーティしたり。
別の苦労は付きまとうのであった。