末期がんのTさん
24時間の介護及び看護のサービスを行っていた事業所に、とある利用者さんの依頼が来ました。
末期がんの60代男性Tさん。
別の県で療養していたけれど状態が芳しくなく、ご友人たちが説得して自宅に戻ってくるとのこと。
多くの仲間たちに介助されて自宅に戻って来たTさんは、私達が想像していた以上に状態が悪く、驚きました。
介護保険も利用せず、知人たちの介護だけで生活していたというTさん。
介護をするためのツールが何も整っておらず、急ピッチで様々なサービスを整えました。
沢山のご友人たちの介護
Tさんの部屋は、毎日たくさんの知人が訪れていました。
必要な食べ物や飲み物の調達から、中には介護福祉士さんもいらっしゃって、身の回りのことや介護も対応してくださってました。
そんな訪問者の中に、見覚えのある顔があったのです。
最初に会った瞬間から、お互いが「どこかで会ったことあるなぁ??」と思いながら応対してたのですが、それがどこの誰なのかさっぱり見当がつかないまま経過。
そんなある日。知人の方達のキーワードで「ひょっとして!!」と突然記憶が繋がりました
Iさんが繋げてくれたご縁
私が訪問看護ステーションの管理者をしていた時、Iさんという若年性認知症の利用者さんの訪問を担当していたことがありました。
認知症が進行して、誤嚥性肺炎などで入退院を繰り返していたIさん。奥様が献身的に介護をされており、とても素敵なご夫婦でした。
奥様のHさんは、Iさんが認知症だと分かった時から、認知症が進行しないように散歩に行ったりカラオケに行ったり、様々な人と交流できるように努力されてきたとのこと。
その後Iさんは何度か誤嚥性肺炎を繰り返すうちに徐々に衰弱、在宅看取りとなりました。
看取りの後、Iさんの奥様Hさんは何かと私に声をかけてくださいました。
私もグリーフケアなどの交流を通して更に親しくなり、「お礼がしたいから」と、とあるお店に招待されました。
もとお寿司屋さんのマスターが作る美味しい料理を食べながら、カラオケも歌えるというお店。
生前、認知症予防のためにIさんと一緒に来ていたお店です。
私は数回そのお店にご一緒させていただき、Iさんの思い出を語ったり、Hさんのグリーフケアを行ったりしながら、マスターやそのご家族、お店のお客さんとも交流を深めることとなったのです。
今回Tさんの所に来ておられたご友人たち、実はこのお店のマスターやスタッフさん、そのお客さん達だったのです。
しかもなんと。全くの偶然なのですが、ケアマネさんも同じ。
あまりにも偶然が重なりすぎて、ケアマネさんもびっくりしてました。
これはIさんが繋げてくれたご縁だ。
実はHさんのことを紹介してくれたのも、私が看取りをした利用者さんのキーパーソンさん。
こうしてご縁は繋がっていくものなのですね。
Tさんの最期の願い
Tさんは、介入当初からかなり状態が悪く、余命はそう長くないと思っていました。
ただ、Tさんが自宅に戻ってこられた理由は「最後に舞台に立ちたい」ということでした。
Tさんはラジオのパーソナリティなどを経験されていた方でもあり、以前よりこのご友人たちが開催するコンサートにゲスト出演されていたとのこと。
「最後に舞台に立って歌いたい。お世話になった人達に感謝の気持ちを伝えたい」
数日後に予定しているコンサート。
そのコンサートを目標に、ご友人たちが力を合わせて介護し、本人も英気を養い、コンサートの計画を進めておらました。
正直な所。
コンサートが終わったら、全ての力を出し尽くしてしまうのではないか。
いや、そもそもコンサートまで体調が持つのか?
そんな不安を抱えつつも、それでも何とかしてこのコンサートを成功させてあげたい一心で、私達もフォローしました。
コンサート当日
休日ということもあり、介護タクシーの手配にも難航しました。
コンサート後も、皆の打ち上げまで見届けて帰りたいというTさんの意向もあり、帰りは20時過ぎるとのことでしたが、対応してくれる介護タクシーさんも手配しておきました。
コンサートは私も客席から見守らせていただきました。
病気を感じさせないほどの存在感、そして力強い歌声で、5曲ほど熱唱。
最後の方では、時折意識を失っているのが分かりハラハラしながらの鑑賞でしたが、感謝を伝えたい人全てに感謝を伝えコンサートは無事に終了しました。
達成感
予想通り、コンサートの24時間後にTさんは旅立たれました。
ワンルームの部屋に入り切れないほどのご友人たちに囲まれ。
何よりも、最期の願いをやり遂げた達成感でいっぱいだったことと思います。
私もご縁を繋いでいただき、関わらせていただいたことをとても感謝しています。
ちなみに。
後から思い出したのですが。
実はTさんとは、1度だけお店でお会いして隣同士でお酒を飲んでカラオケを歌っていました。
Tさんが旅立たれた後に「あれ?ひょっとしてあの時の?」と思い出したのですが。
それもご本人にお伝えすることなく、旅立ってしまわれました。
いや、ひょっとしたらTさんが天国で気が付いて、私にメッセージを下さったのかもしれないですね。
不思議なご縁で繋がった皆さまと、これからも繋がっていけますように。